2010年09月02日

銀盤のトレース

銀盤のトレース
碧野圭著
実業之日本社 2010年2月

これもジュニア向けの小説です。
前回、読んだ「クリスタル・エッジ」は、主人公をめぐる友達関係や、表現面で抒情的な描写がおもしろかったが、今回の本は、ジュニア向けと侮れない、技術面での詳しい描写が興味深いです。

主人公、朱里は、名古屋でフィギュアスケートを習っている小学6年生。

”ジャンプの中で一番、難しいとされるのは、唯一、前向きに踏み切るアクセル・ジャンプ。その次にルッツ、フリップ、サルコウ、トゥループの順とされている。得点も難しい順に上がっていく。しかし、選手はかならずしも難しいから苦手、というわけではない。彩音はルッツやフリップの方がむしろ得意で、サルコウよりも安定している。
「うーん、アクセルはそんなに難しいとは思わないよ。身体の使い方が自然だし。バスケのシュートに身体の使い方が似ている」
 空中に上がったとき、ぐっと上に引き上げる感じなどはちょっとそう思う。
「でも、前に踏み切るのは怖くない?」
「全然。私、怖いという感覚は鈍いのかも。むしろ視界がはっきりしてていいよ。混雑したリンクで練習するときは、とくにそう思わない?」”

こんな風にフィギュアスケート少女たちの会話が描かれています。
注目は、朱里が、元選手で大学教授の朝倉に、コンパルソリーを習う場面。やはりコンパルソリーって地味だけど、すべての基本で大事なんですね。
ルッツの練習をしている時に、「ジャンプより前に、エッジの使い方を練習した方がいいんじゃない」「インからアウトに倒すとき、無理に足首を横に倒しているでしょ。そうやっているうちは、ルッツはうまく跳べないよ」と注意される。

”朝倉という男は氷に右足で立つと、左足で強く氷を蹴った。右足のアウトエッジで氷の上に線を描いていくのだ。朝倉のあとに、滑らかな円の軌跡(トレース)が生まれ、それがすうっと伸びていく。アウトサイドエッジからインサイドエッジへ、自然に移っていく。
 そのトレースもさることながら、朝倉の姿勢の美しさに朱里は見とれた。力みなく、身体の軸がまっすぐになっている。スケート靴が氷に吸い付くように滑らかに動くので、スピードが落ちることもなく、上半身もほとんど揺れていない。”

コンパルソリーは、円の直径が身長の3倍になるように描いて、これを三周して、三本のトレースがどれくらい重なるか判定される。三本ともぴったり重なるってことはまずないが、全日本に出るような選手でも、3センチとか5センチのずれは出るが、パーフェクトに近づけようとみんな努力したらしい。

朱里も円を描こうとするが、”うまく描くことができない。軌道を修正しようとして足の裏に力を入れると、シャリシャリと氷が音を立てた”
朱里は、ジャンプの得意なところを見せようとしてアクセルを飛んで見せる。
朝倉は、”「近頃の選手は軸を細くして上に跳ぶタイプが多いけど、君のは飛距離があっていいね。それに膝と足首が柔らかいんだね。着氷がきれいだ」
「だけど、運動神経と筋力に頼ったジャンプだな。無駄な力を掛けすぎる」
「君はエッジの使い方がうまくない。エッジの一番いい位置にちゃんと乗らずに跳ぼうとしている。本当はそれじゃ、そんなに高くは跳べないはずだけど、脚力が君はよほど強いんだな。それに身体のひねりも強い」
「スケーティングがうまいってことは、エッジを自在に使いこなせるってことだ。本当にきれいなエッジで跳べば、余計な力がいらない。それに、ルッツやフリップはもちろん、ダブル・アクセルだってもっとラクに跳べるようになるし、失敗も減るはずだ」
「もともと名古屋ではあまり形にこだわらず、小さいうちにとにかくジャンプを跳ばせるという練習法が主流だからね。それでいいジャンパーが多く育っているのも事実だけど、本当に伸びる子はエッジの使い方もうまい子だよ。エッジの使い方をおざなりにして、我流でやっている子は、身体が大きくなったとき、対応できないことがある。」”

 名古屋出身の有名選手が多いのに、いいのか、こんな書き方をしてと思ったが、謝辞に愛知県のスケート事情に関して詳しく語っていただいた愛知県スケート連盟の○○○○さんと実名があったので、お墨付きなんですね。
まだジュニア以下の小学生に教えているお話なので、トップの選手は、この本に書かれているようなことはマスターしていると思うのですが、ちょっと気になるのは、モロゾフコーチの本にも、日本の選手のジャンプの特徴が指摘されていた。

”初めて大輔のジャンプを見たとき、私はびっくりした。見たこともない。不思議な跳び方をするのだ。じつはこれは多くの日本人スケーターに共通していて、どうやら日本式のジャンプの跳ばせ方らしい。しかし欧米の本来のフィギュアスケーターとはまったく理論が違うものだ。
具体的に言うと、日本はまっすぐな軌道で助走して、跳ぶ瞬間にエッジに乗る。欧米では左右どちらかのエッジに乗ってカーブの軌道で助走し、そのカーブを使って回転する。ただ3回転して降りるだけなら日本式でもできるが、よりスピードと飛距離のある質が高いジャンプを追求できるのは欧米式の跳び方だ。”

何か日本の選手の跳び方に問題があるんだろうか。
五輪で高橋選手の3Aを見た時は、きれいに流れていたと思うし、浅田選手の3Aも軌道を描いてジャンプに入っていたと思う。
 ジュニア以下の選手は、最近の加点傾向がわかってきているから、ジャンプの教え方、跳び方も変わってきているかもしれない。ジャンプの時に、軌道とエッジに注目してみたい。

”「それから、君はスピードを出そうとして、氷に着いている足とは反対の足のトゥで氷を何度も蹴るだろう?あれは止めた方がいいよ。みっともない」
俗にいう”漕ぐ”というやつだ。”
 ああ、村上佳菜子ちゃんがたまにやるやつかな。佳菜子ちゃんは、スピードがあるんだけど、この癖が直っているといいな。

物語の中で「勝ちぬき耐久レース」というのがある。
リンク100周、3時間滑りっぱなしというのに、朱里たちは挑戦する。
”リンクの半周はフォアに滑り、半周はバックになる。フォアの時は左右のアウトサイドエッジ、インサイドエッジに順番に乗って曲線をつなげるように滑り、バックの時はバッククロスというやり方で、足を左右に交差させながら滑る。速く滑るというより、これはスケーティングの練習なのである。”
一番最後まで滑ることができた人には、チョコレートパフェ・スペシャルを先生から御馳走してもらえる。確か安藤選手のエピソードで、こういう話を聞いたことがあります。

 一人の母親が、自分の娘がバッチテストに落ちたことに腹を立てて、先生に文句を言って、お楽しみ会をつぶそうとするシーンがありました。
先生は、勝ち負けより、スケートを滑る楽しさを味わってほしいと説明するのに、この母親は、「うまくなって試合に勝ったり、バッジテストに合格すれば、誰だって楽しい気持ちになります」と、他の親たちにも扇動するように話す。
今頃、はやりのモンスターペアレントですね。自分の娘が1番じゃないとおかしいと騒いだり、勝ち負けにこだわって、スケートの楽しみ方を忘れている母親が描かれていました。

この本は、子どもたちに、インターネットの情報にだまされず、本を読んで判断の目を養ってほしい狙いがあるのかもしれません。本に書いていることがすべて正しいとは限らないけれど、少なくとも出版社や著者に問い合わせることができるし、ずっと残るものなので、いいかげんなことは書いていないと思う。
もっともフィギュアスケートを見たことのない人には、何もおもしろくない物語だと思うけど。
フィギュアスケート人気は、昔より高まっていると思うけど、他のスポーツのように、学校にあるクラブじゃないから、実際、フィギュアスケートを経験する人が少ないという面があり、まだまだメジャーなスポーツになりきれていない。
でも真央ちゃんに憧れ、佳菜子ちゃんに続けと、フィギュアスケートを習う子どもが増えれば、私の楽しみも老後まで続くのだわ^^
posted by ホープ at 17:58| BOOK | 更新情報をチェックする